« 名おそろしきもの | トップページ | 期待に応える »

2009年6月30日 (火)

美醜ともオーラとも違うのだが、何か発している人と、しぼんでいく人と、どちらでもなく固まっている人がいるように思う。

時折、ある人物が「輝いている」という表現をみるが、何か発しているのだ。威圧感のある人も、輝いている人と発しているものは違うが、何かを発しているのだ。反対に、「覇気がない」などと言われるのは、自分自身の中の深い淵に向かってしぼんで消えていく人。

なぜそんなことを言い出したかというと、机の整理をしていて、ある人の年賀状を見つけたから。

その年賀状は、よくある家族の写真入りのはがきである。家族は、夫婦と、赤ちゃん。

奥さんは、よくわからないが、輝いている。なんだかわからないが、濃いものを大量に発している。

旦那は、笑顔のようだが笑顔かどうかよく見ないとわからない。いまにもしぼんで消えそうだ。

子供は、発してもいないし、しぼんでいきもしない。しかし存在感がある。

奥さんが旦那のすべてを吸い取って輝いているようで面白い。奥さんがあと何年輝けば旦那は消え去るだろうと思わせる。子供は、夫婦間のエネルギーの遷移には関知せず我が道を行く、ということだろう。

この家族への要望をいうと、来年は、もう少し普通の年賀状にしてもらいたい。今年のは、ちょっと濃すぎたょ。

« 名おそろしきもの | トップページ | 期待に応える »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185434/45497210

この記事へのトラックバック一覧です: 発する:

« 名おそろしきもの | トップページ | 期待に応える »