小学校の時、冬の何週間か、朝一番に校庭をみんなで走るという行事があった。その名も「耐寒かけ足」。
校庭を周回するだけで「マラソン」というのは気が引けるし、「かけ足」だけでは意味不明なので、「耐寒かけ足」と名付けた人の苦心はうかがわれる。それにしても、クソ寒い時に校庭を単調に走らされる児童にとっては、「寒」の文字を見るだけでもつらい。「校庭マラソン」とか、テキトーなネーミングのほうが救いがある。私の母校であるこの小学校には過去に非常にまじめな教師がいたようで、運動会も「体育学習発表会」と呼んでいた。ただ因習に従っているだけの学校行事に、逐一レゾンデートル(存在理由)を求めてしまう厳しさを感じる。
「耐寒かけ足」に話を戻すが、なぜ児童を真冬に走らせるかという理由を考えると、「耐寒」、つまり、寒さに対して健康に冬を過ごす、というくらいのことしか思いつかなかったのであろう。実際の効果は科学的ではなく、今なら、外気温5度前後の状態で体操着で小学生を外に放り出すのは、児童虐待だと言われかねない。しかし、当時、子供は誰も「虐待」なんて言葉は知らなかったから、「耐寒かけ足、いやだ」としか表現できなかった。
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小学校の時も、児童で新聞を作っていた。
新聞といっても、出るのは数か月に1回だから、新聞でなくチラシだが。
そこに、「寒風まさつ」の記事を書いた子がいた。
今考えると「乾布摩擦」のことだろうと思うが、「寒風」の中で乾布摩擦をしているビジュアル的な臨場感、小学生のくせに乾布摩擦かい、あんたはじいさんかい、という奇抜さから、きわめて異彩を放つ記事だった。
小学生が作る新聞だから、教師が事前にチェックしないわけはない。たぶん、
「寒風?(しばらく沈黙)うん、まあこれはこれでいいわ。個性だし。」
みたいな感じでクリアしたのであろう。
児童がこれを家庭に持ち帰って親に見せたところ、親が
「これ乾布……。まあええわ、一生懸命書かはってんから、いわんときや。」
と述べたことも容易に想像される(なぜか関西弁ですいません。)。
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